社長。

社長が死んだ。

正確には僕が所属する事務所の元社長だ。

もっと正確に言えばもう4年以上も前の話になる。

なのに何故今更そんな話をするかというと、今日まで彼の死を受け入れる事が出来なかったからだ。



伊藤丈晴氏。

とっても優しくて笑顔の似合う『ジェントルマン』という言葉がしっくりくる男だった。

僕と社長の出会いは約7年前。

独立したてでまだ仕事も無い駆け出しの頃、撮りためた作品を持ってブックを見てもらったのが最初だった。

『ええやないかぁ、うちで一緒にやらへんか?』

即決だった。
この人に付いていきたい、瞬時にそう思ったのだ。

それから僕はしばらくの間、『食える』という程の稼ぎは無く内心焦っていたが、事務所に行くと社長が笑いながら『なに心配しとんのや、杉浦優は大丈夫や。』と何故かいつもフルネームで励ましてくれた。

フリーでやっていると、こういった何気ない言葉で救われたりする。

それを知らずに思いつきで言っているように見せるのも上手な人だった。

社長はまた、周りから自分がカッコよく見られるのを嫌がった。

若い時アメリカで寿司職人をしていた社長は英語も喋れたが、率先しては喋りたがらなかった。

きっと『伊藤さんカッコ良いっすね喋れて!』なんて言われる事が照れくさくて嫌だったのかもしれない。


そんな社長が死んだ。

突然の知らせというわけでは無かった。

死ぬ数ヵ月前にも『どうやらもう体アカンらしいねん。まぁ破天荒に突っ走ってきたからその代償やな。』と言ってまた笑ってみせた。

僕はその夜家で泣いた。

The good die young.(良い人ほど早死する)という言葉を無意味に憎んだりもした。

ただ最後に社長の顔に手を触れた時、表現は難しいが社長は『ここにいない』ような気がした。

きっとまた世界のどこかを旅して何かの職人にでもなってる、そんな気がしたのだ。



あれから4年、僕は初めて社長のお墓を訪れた。

ようやく来る決心がついたという表現が正しいのかもしれない。

お墓を訪れることは社長の死を受け入れるということでもあり、単純にそれが怖かったのかもしれない。

両サイドに飲食店やガソリンスタンド、薬局などが雑に建ち並ぶ大きな道路から少し入った場所に霊園はあり、それと対照的にキレイに区画整理されたその一画に社長はいた。

自分から目立つことはせず、スタイルが良くて品のある佇まいのその墓石はまさに社長そのものだった。

花を添え、手を合わせると無意識に涙が溢れた。

4年ぶりの涙だった。

社長、僕はあなたのおかげで『食える』ようになりました。今まで来れなくてすみませんでした。本当にありがとうございました。僕はあなたに会えた人生を誇りに思います。

僕は今までの思い分、頭を下げた。


『おぉ遅いやないか、杉浦優!』

そうフルネームで言われた気がした。