シェアハウス。

元会社寮跡地などを改装して『シェアハウス』にするのが流行っているというテレビ番組を観た。

年齢や性別の垣根を越え、多種多様の人々が集まってお互いの悩みを打ち明けたり夢を語り合ったりしながら人間として成長していく、そんな内容だった。

某有名企業に就職が決まった男性と、その男性の元相方で未だにお笑い芸人としての成功を夢見る男性、ダンスで食べていくことを夢見る少女と夜の店で働きながら起業を目論む女性、、etc

確かに色々な分野の人達との交流は刺激的で自分の為になっていると思いやすい。

しかしそれが絶対良い方向に進むかというと一概には言えない、と僕は思う。

悩みを聞いてもらう人がいるというのは良いことだが、それは同じ、もしくは似たようなベクトルを持った人でないと意味が無いのではないか。

それがむしろ悪い方向に進む可能性を大いに秘めている、ということに気づかないと後々取り返しがつかない事になる。

勿論シェアハウスを完全否定するつもりはない。

家賃の面や安全性、そしてなんといっても楽しさをシェアすることにおいては素晴らしい施設だということに対しては何の疑いも無い。

しかし人間にはどんなに苦しくても一人で解決しなければならない時があるし、その解決するまでの心の葛藤がそれからの人生の活力や指針となったりもする。

そういった人生の岐路にぶち当たった時に全く違うベクトルを持った人といると、人間とは弱いものでどうしてもそっちの畑が良く見えたり、無謀な夢に心踊ったり、今の仕事を辞める理由を自分の中で正当化したりしてしまうものだ。

それこそがシェアハウスに潜む、小さくてとても大きなデメリットなのだ。


いままさにシェアハウスに住んでいる、もしくはこれから住む予定の若い人達には、心の葛藤や無謀な夢を住人とシェアする『シェアハウス』にならぬよう、気をつけて欲しいものである。