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思い出は思い出のままが一番良い説。

タレントが思い出の地を巡って今の自分を見つめ直すという企画のTV番組にもろに影響を受けて、先日、小学生時代を過ごした土地へ足を運んだ。

小学2年から卒業までのたったの5年間だったが、友達にも恵まれ充実した濃密な時間を過ごしたので、自分の中では第2の故郷と呼べるくらい思い入れのある場所だった。

約20年ぶりの凱旋。


ひたすらサッカーしたあのグラウンドは変わってないかな~

通学路から見るのが好きだったあの広くて青い空はまだあるかな~

当事通っていた床屋があれば髪切っちゃおうかな~


なんて若干浮かれ気分で車を運転し、小学校の近くまで来たその瞬間、僕のその浮かれた気分は絶望感へと姿を変えた。

都市開発により見覚えのない新しい道路が沢山増え、近くには高層マンションが建ち並び空が狭く、砂だらけになって走ったグラウンドも人口芝に変わり、文房具屋や乾物屋、そしてあの床屋も跡形も無く消えていたのだ。


砂も無エ
青空も無エ
いつも行ってた床屋も無エ


ショックを紛らすように頭の中で吉幾三の『おら東京さ行ぐだ』の替歌をリピートした。

僕の中で大切にしていた思い出が一気に冷めていくのを感じた。

こんなんなら一生綺麗な思い出のまま取っておきたかった。


やはり思い出は思い出のままが一番良いのかもしれない。



たまに初恋の人に逢ってみたいと思ったりもすることもあるが、今回の例に習ってそれはやめることにした。

あどけなくて透き通ったあの天然ものの肌も今は人工芝に張り替えられている可能性があるからだ。


もちろん逆にそれは僕にも言えることですが。