叱る。

一方通行で人通りが少しある道を車で走っている時の話。

その通りには細い路地のような道が何本か繋がっており、近くに幼稚園もあるのでもしかしたらを予想して徐行していた。

30メートルくらい先に小さい子を連れたお母さんの姿が見え、子どもが車道側を飛び跳ねたり特有の予想だにしない動きをしていたので、こわいなぁと思いながらよりスピードを落とし通り過ぎようとした。

お母さんはスマートフォンをいじっている。

クラクションを鳴らす選択肢もあったのだが、驚かせたくないという気持ちと、さほど急いでいなかったという理由から鳴らさない選択をとった。

近づいてもその親子は車の存在に気づいていなく、それでも車1台通るのには十分な距離があったので最徐行で通り過ぎようとしたその瞬間、子どもが車道に飛び出してきたので咄嗟にブレーキを踏んだ。(といっても何となく予想していたので容易かったが。)

母:『まーくんあぶないっっ!!』

お母さんは子どもの手を勢いよく引っ張り、運転手の僕を睨み付けた。

その目は『子どもがいるのになんて危ない運転をするんだ』と言わんばかりの強い憤りに満ちたものだった。

右手にはスマートフォンを持っている。

そのあとまーくんとやらを大事そうに抱きよせ『愛してる』と言わんばかりの表情で頭を撫でた。

それでもスマートフォンは離さない。


イヤイヤイヤ。

こっちは30メートル前からわかっとんねん。
ゆっく~りゆっく~り運転しとんねん。

まず子どもを叱ろうや。
ながら歩きやめようや。
そもそも自分が車道側歩こうや。


最近の親は子どもを叱らなすぎる気がする。

レストランで料理が運ばれてきてもずっとゲームをしてる自分の子に対して何も言わなかったり、ぐずり泣いて周りに迷惑かけている子をほうっておいてご飯食べていたり、、

そのくせ少しでも我が子が危ないシチュエーションになると『私の大事な子に』みたいな感じになるから厄介だ。

子どもは叱られたり自分が痛い目にあって初めてやっていい事とダメな事の分別がつく。

つまり子どもを叱るということは=愛してるという事なのだが、今の親は叱らないこと=愛してると勘違いしているのではないだろうか。

もちろん今の親の中にはしっかり叱れたり躾が厳しく出来ている人もいるので、全ての親がそうとは言わない。

本当の意味で子どもを愛してる親も沢山いるだろう。

しかし僕が遭遇した今日のお母さんが愛していたのは『まーくん』ではなく『スマートフォン』だったように思えて仕方がないのだ。


投稿:東京都 30歳 男性 独身。