設定

世の中は様々な『設定』で成り立っている。

それは朝から既に始まっていて、僕らは設定されたアラームで設定された時間に設定されたベッドで目を覚ます。

そして設定された洗面所で顔を洗い、設定された歯ブラシで設定された順序に歯を磨く。

その後、設定されたイスに座り、押すと電源がつくように設定されたテレビのリモコンのボタンを押し、同じ濃さに設定されたコーヒーを設定されたカップで飲む。

と、まぁざっと数えただけでもかなりの設定と僕らは毎日対峙している。
そして朝、家の中だけでもまだまだ設定は続く。(というより、そもそもその家自体が設定されたものなのだが。)

仕事にしてもそうだ。

設定された電車で、設定された時間に設定された場所に行き、設定された名刺交換をして設定された自分の役割を遂行するのだ。

ある時僕はその『設定』に疲れてしまい、全ての設定に反発してみようと試みた。

朝、アラームよりも早く目を覚まし、いつもはベッドの足の方から降りるのを頭の方から降り、洗面所に行く前にトイレに寄り、歯を磨く順序もぐちゃぐちゃにし、いつも座っているイスではないイスに座り、いつもと違う濃さのコーヒーを飲んだ。

なんか気分が良い。
僕は設定から解放された喜びに浸った。

調子にノって、いつもの設定された時間よりも早く家を出て、いつもの設定された時間よりも早い電車に乗り、いつもの設定された時間をすべて変えて行動を取った。

そしてふと思ったのである。

僕はただ単にいつもの設定に反発する設定をしてるだけだと。

やはり世の中は様々な『設定』で成り立っているのだ。